1991-04-23 第120回国会 参議院 社会労働委員会 第9号
これはソビエトのコムソモールサハリン州委員会の皆さんと我が北海道から十三名出しまして、かつて気屯というところと古屯という大激戦地になったところでありますが、幸いこのときの激戦に参加した生き残りの元歩兵一二五連隊陸軍少尉村上健介さんの御協力をいただきまして調査を成功させていただきました。
これはソビエトのコムソモールサハリン州委員会の皆さんと我が北海道から十三名出しまして、かつて気屯というところと古屯という大激戦地になったところでありますが、幸いこのときの激戦に参加した生き残りの元歩兵一二五連隊陸軍少尉村上健介さんの御協力をいただきまして調査を成功させていただきました。
○政府委員(末次彬君) 昨年九月、一部報道におきまして、ソビエト連邦サハリン州スミルヌイフ、これは旧気屯というところだそうでございますが、ここで旧日本軍人の遺骨が発見されたという報道がございまして、早速私ども外務省を通じ、ソ連政府に対しまして事実確認を申し入れておりましたところ、旧日本軍人の遺骨が発見されたということは事実であるという旨の回答がございました。
なお、今次初めて帰国いたしました地点は東海岸中央部の元泊、古群湾よりおのおの一名、旧国境付近の古屯二名、気屯三名であります。この地点よりの帰国により、旧国境付近の事情が明確になりますので、調査すれば遺骨等もあるのではないかということであります。 引揚者の落ちつき先につきましては一応十五都道府県となっており、定着地では北海道四十一世帯が多く、次いで東京、大阪等となっております。